子供を大学へ行かせたい!奨学金のススメ

日本学生支援機構の奨学金に限らず、貸与形式の奨学金に採用になるには、ご両親や近親の方の協力が欠かせません。

高校卒業時の二人に一人は4年制大学へ、しかも大多数は私学

高校卒業時の二人に一人は4年制大学へ、しかも大多数は私学

高校卒業時の二人に一人は4年制大学へ、しかも大多数は私学

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もはや「戦後」という言葉の意味を知らない方のほうが世の中には数多いかもしれません。

世界の大国を向こうに回して戦った太平洋戦争後、敗戦国・日本は戦争を放棄した平和国家として、勤勉実直な国民性を生かした自由闊達な経済発展路線を歩み続け、何度かのベビーブームを経て、昭和40年代には一億人の平和な経済大国を実現しました。

それも世界に類を見ない“年功序列の賃金”体系で、『一億総中産階級』と呼ばれるほどみな同じように肩を並べて成長を分け合いました。

生活水準もどんぐりの背比べ程度の差でしかありませんでした。

ところが高等専門教育に関しては戦前からの伝統、つまり大学とはきわめて成績が優秀か(国立大学が中心)、はたまたオカネに余裕のある家庭の子どもであるか(私立大学が中心)、そのいずれかの条件に合うことが長らく求められてきました。

その意味で、日本の大学は名実ともに“狭き門”でした。

ところが「所得倍増」や「列島改造」といった標語をモットーとした高度成長経済期あたりからバブル期にかけて、日本にも核家族化・少子化が定着し、次第にそこに変化が出始めます。

子どもの誰か一人が親を養えばよい時代から、二親で一人っ子を養う移行期に入っているのです。

兄弟姉妹のいる家庭よりも一人っ子世帯のほうが多くなりつつある。

これは、高等教育機関の数が変わらなければ、ありがたいことに、子どもにとって受験競争が緩和することを意味します。

もちろん、そこを通過してしまうと、お年寄りばかりがやけに多い「高齢化社会」が待っているわけで、18歳の若者たちには嬉しくもあり、悲しくもある現実です。

ところが、不思議なことに、子どもの数が減少しているのに、大学、特に学部学科をもつ4年制の大学の数は時を同じくして、増加に転じているのです。

これは、戦後を基点に2、30年サイクルで繰り返す「ベビーブーム」と、その世代の“高学歴志向”と長年続いてきた“年功序列”の賃金体系を当て込んで、教育界とりわけ高等教育分野はまだまだ成長の余地があるものと期待されているためです。

全国各地の大学に学力による序列があると想定して、学力順に上位ランクの大学から順番に成績優秀な生徒を採っていくと、成績順で上から何番目までが当確ラインという計算ができます。

大学の数が増えればこの合格ラインはどんどん下がって、裾野が拡大していきます。

名門大学への進学競争が定着した日本では、今や個々人の学力を強化する場は学校や家庭ではなく『学習塾』との一般論も暗黙に認められています。

少子化の進展にも関わらず『高学歴神話』に支えられて、受験対策向けの学習塾から大学も含めて、今や教育は国内の主要なサービス産業の一つに数えられるほどです。

高校卒業後の進学といえば、まず考えられるのは4年制の大学、次いで短期大学専門学校など。

文部科学省が毎年実施している『学校基本調査』によると、「18歳人口の減少とともに高等学校卒業者は減少しているが、大学・短大進学者や専門学校への進学者はほぼ横ばいで推移している」と指摘しています(図1)。

 18歳人口の推移と高等教育機関への進学者数

1 18歳人口の推移と高等教育機関への進学者数

高等教育機関への進学率

2 高等教育機関への進学率

高校卒業時の高等教育機関への進学率は平成23年度で実に79.5%(浪人生も含める、図2)と報告しています。

平成23年度(2011年)時点での4年制大学の数は全国で780校、うち国立大学が86校、公立大学が95校、私立大学が559校。

在学生の数では国立系が45万8百人、公立系が12万4千5百人に対して、私立大学系が199万4千人と、大学の数、学生数ともに私立が圧倒的多数を占めています。

高度成長からバブル経済へと向かいつつあった30年前の昭和54年(1979年)はどうかというと、国立大学が93校、公立大学が34校、私立大学が324校の合計451校でした。

そのあたりから全国各地で私立、公立の大学新設ラッシュといえる現象が見られ、その後30年ほどでその数は倍増し、大学進学率を大きく変えてきました。

学生数の拡大は一方で「漢字が読めない」「算数の計算ができない」といった、大学生の基礎学力の低下も現実問題として浮かび上がってきました。

「上から順番に」式の入試で選抜して、後は学生の自主的勉学意欲に任せるという風潮が現実ならば、学生数が増えれば全体の質の低下はある程度予測できます。

戦後のベビーブーム期の生まれで、「受験地獄」と呼ばれた時期に学生生活を経験された方は経験ずみかもしれませんが、私立大学文科系の場合、数倍といった競争率の難関を突破したものの、いざ専門課程の授業となると、百人以上を収容できる大教室でたった一人の教授が教鞭をとる姿や、期末期になると担当教授がご丁寧にテストの予定内容の概略を教えてくれ、一夜漬けでもなんとか卒業できてしまうことなど、その実態に驚くとともに卒業するのは楽なもんだと、『入りにくいが、出やすい日本の大学』のたとえを実感されたはずです。

どうやら、志望の大学を国立や私立の名門大学に絞り込まなければ、「入りにくい」という形容も当てはめがたくなってきているのが昨今の情勢のようです。

東大を筆頭とする旧帝大系、人気の集中する名門私立大学を志望すれば、成績優秀者がひしめき合う“狭き門”の難関が待っていますが、そこを外せば学部の選択次第では、どこかには何とか入れるようになってきているというワケです。

情報活用時代の情報利用のヘビーユーザーである18歳の若者がこれにき気づかぬはずはありません。

『入りにくくて』が当てはまるのは、東大を頂点とする一部の国立大学、名門の呼び名の高い私立大学で、この部分は確かに成績が上から何番目という優秀さが必要です。

ところが、新設大学やローカル色の強い大学にはそうした学力優秀な人材が集まりにくい。

そこで新設大学や地方の大学では人寄せのため、学力による選抜以外のさまざまな方法が導入されています。


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